はじめに
デュアルキャリアは「許す」から「戦略にする」時代へ。
採用難・エンゲージメント低下・人的資本開示など、企業を取り巻く環境は“成果を出せる多様な働き方”を求めています。
本記事は、企業がデュアルキャリアを制度として導入・運用・評価するための実務ガイドです。方針、規程、評価、現場運用、ROI検証まで、そのまま使えるテンプレを一式ご用意しました。
第1章:なぜ今、企業がデュアルキャリアを“制度化”すべきか
- 採用力の向上:希少人材(アスリート/専門家/クリエイター)に刺さるオファー。
- エンゲージメント:自己実現と両立が“離職理由の抑制”に直結。
- 人的資本ストーリー:Reskilling・Well-beingとの整合が取りやすい。
- レピュテーション:社外活動=企業広報の資産化(講演・SNS・地域連携)。
まずは「例外対応」から脱し、規程化で再現性と公平性を担保する。
第2章:制度設計の原則(3本柱)
- 成果基準(出社・時間でなく成果を評価)
- 可視化(稼働・衝突リスク・成果物を見える化)
- 双方向メリット(個人→企業へリターンを定義)
原則に反する項目(曖昧な裁量/属人的運用)は初期から排除。
第3章:モデル規程(ドラフト全文)
※就業規則付則・社内制度集への追補想定。法務・労務の最終確認は必須。
3.1 目的
本制度は、従業員の社外活動(競技・研究・地域貢献等)と本務の両立を支援し、企業価値および従業員の成長を最大化することを目的とする。
3.2 定義
- デュアルキャリア:本務(当社での業務)と、継続的な社外活動を並行して行う状態。
- 社外活動:報酬の有無を問わず、競技・指導・学術・創作・地域活動・登壇等。
3.3 適用範囲
- 等級:全等級。ただし管理監督者は別途合意を要する。
- 雇用区分:正社員・契約社員(試用期間中の申請は原則不可)。
3.4 勤務設計
- 基本:フレックスタイム/リモート可。
- 調整:週○時間・月○日まで社外活動時間を就業時間外に配置(業務最優先)。
- 衝突回避:顧客会議・重要行事は本務優先。調整不能時は上長承認必須。
3.5 申請・承認
- 申請:所定フォームで「活動内容・目的・時期・想定負荷・利益相反評価・安全配慮」を提出。
- 承認:上長→人事→法務(必要時)→役員決裁(基準額/露出度により)。
- 期間:原則6か月単位で更新。途中見直し可。
3.6 成果・評価
- 評価軸:成果目標(OKR/KPI)、行動指針、社内外への貢献。
- レポート:月次で「実績・学び・社内還元案」を提出し、四半期レビュー実施。
3.7 情報・利益相反
- 機密保持・知的財産・競合関与の禁止。事前に競合マトリクスで確認。
- 社内ツールの社外転用は禁止(例:資料・コード・データ)。
3.8 安全配慮・健康管理
- 大会・遠征等のリスク把握、過重労働抑止(36協定遵守)。
- 体調不良時は本務を優先し調整。休業・治療が必要な場合は産業医と連携。
3.9 広報・兼業表示
- 企業名・肩書の表示ルールを事前合意。SNS/メディア露出のガイドライン準拠。
第4章:申請フロー&フォーム(テンプレ)
ワークフロー(標準)
従業員 → 上長(1on1確認)→ 人事(Q&A)→ 法務(必要時)→ 承認 → カレンダー共有 → 月次レポート
申請フォーム項目(コピペ可)
- 活動名称/団体名/URL
- 目的(本人の成長/企業への還元仮説)
- 期間・頻度・主なスケジュール(可変枠含む)
- 本務との衝突可能性と回避策
- 成果目標(OKR/KPI)
- 情報・利益相反の有無(チェックリスト)
- 安全配慮(移動・深夜帯・怪我等)
- 広報上の表記可否
- 連絡手段(緊急時)
- 同意事項(規程・守秘・IP)
第5章:評価設計テンプレ(OKR/KPI・ルーブリック)
5.1 目標設計(例)
- O:デュアルキャリアと本務の両立で、四半期売上○○達成
- KR1:コア業務の成果(売上/プロジェクト達成率 100%)
- KR2:社外活動の成果(大会出場/登壇2回/資格合格 等)
- KR3:社内還元(社内LT1回/ナレッジ文書化1本/採用広報1投稿)
5.2 ルーブリック(サマリ)
項目 | S | A | B |
---|---|---|---|
本務成果 | 目標120%超 | 100%達成 | 80%前後 |
時間設計 | 衝突0、事前共有◎ | 稀に調整 | 度重なる調整不足 |
還元 | 文書化+勉強会+採用貢献 | いずれか実施 | 還元なし |
行動 | 自律・透明・報連相◎ | 概ね良好 | 受動的 |
第6章:現場運用(1on1・カレンダー・Slack)
1on1議事録テンプレ
- 今期OKR/KPIの進捗
- 可変枠(遠征/登壇)予定と本務への影響
- リソース配分(深い仕事3本の確保状況)
- リスク(納期・顧客)と回避策
- 学びと社内還元アイデア
- 次回までのアクション
カレンダー運用
- 色分け:濃色=集中、本務/淡色=社外/点線=リスク
- 毎週金曜更新→上長と共有。重要会議は“不可侵ブロック”。
Slack/社内Wiki
- #dual-career-報告 に月次レポート(3行:成果/学び/還元)
- 社外露出は広報チャンネルへURL共有(承認後)
第7章:リスク管理(労務・情報・安全)
リスク | 兆候 | 早期対策 |
---|---|---|
長時間労働 | 週60h超・深夜帯継続 | 稼働再設計、1on1、産業医相談 |
機密漏洩 | 類似資料の持出 | ガイド再周知、アクセス権限見直し |
利益相反 | 競合での活動 | 事前審査、活動範囲の線引き |
事故・怪我 | 遠征/移動過多 | 休業補償・保険確認・代替体制 |
NGルールを明文化(例:競合関与、顧客接触、社内資産の転用 など)。
第8章:ROI設計(費用対効果の見える化)
コスト(例)
- 稼働調整コスト(人件費換算)
- 管理・広報対応コスト
- 保険・補助
リターン(例)
- 採用:応募率↑/内定承諾率↑/採用単価↓
- 広報:SNS到達・メディア露出・サイト流入
- 組織:離職率↓・エンゲージメント↑・生産性↑
- 事業:新規リード・協業・地域連携
簡易試算テンプレ(四半期)
- 採用単価削減:▲○○万円
- 露出換算(PR)価値:○○万円
- 離職回避(交替採用コスト回避):○○万円
- ROI = (合計リターン-合計コスト)/ 合計コスト
第9章:導入ロードマップ(90日プラン)
- Day 0–30:設計
- 目的とKPI定義/規程ドラフト/利益相反マトリクス作成
- Day 31–60:試行
- パイロット3–5名/1on1運用/月次レポート様式確定
- Day 61–90:展開
- 制度公表/申請フォーム公開/広報連携/人的資本レポート反映
第10章:現場向けチートシート(配布用)
- 会議は“集中3本”の外に置く
- 可変枠(遠征/登壇)は先入れ
- 週1回の1on1で衝突・負荷を見える化
- 社外で得た学びは文書1枚+LT10分にして還元
- 困ったら「成果・可視化・双方向メリット」に立ち返る
FAQ(企業・人事向け)
Q. 業務に支障が出ないか不安です。
A. 可変枠の先入れと“集中3本”の死守、1on1での早期共有でコントロール可能。衝突時は本務優先。
Q. 評価の公平性は?
A. OKR/KPIとルーブリックで“成果ベース”に統一。時間ではなく成果で比較。
Q. 競合リスクの線引きは?
A. 競合リストを明確化し、活動範囲(地域・顧客・技術)を文書で合意。
Q. どの部署から始めるべき?
A. 影響範囲と成果が測りやすい職種(営業・広報・R&Dの一部)でパイロットを。
まとめ:制度は“仕組み化した思いやり”
デュアルキャリア制度は、個人の夢を“組織の力”に変換する装置です。
成果基準・可視化・双方向メリットの3本柱で設計すれば、例外運用から脱し、再現性のある強い組織になります。
今日から始めるなら──規程ドラフトと申請フォーム、1on1テンプレの3点を先に配布してください。明日から回り出します。
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